新百合ヶ丘の日本映画大学とは?日本映画学校の歴史・2つの校舎・有名卒業生を紹介

新百合ヶ丘にある日本映画大学は、映画監督・今村昌平氏が創設した日本映画学校を前身とする映画の単科大学です。歴史、校舎、卒業生を分かりやすく紹介します。
新百合ヶ丘には、映画・映像の世界を目指す人たちが学ぶ日本映画大学があります。
地元では今でも「日本映画学校」と呼ばれることもありますが、正確には、日本映画学校は現在の日本映画大学の前身にあたります。
日本映画大学は、映画監督の今村昌平氏が創設した学校をルーツに持つ、日本で唯一の映画の単科大学です。公式サイトでも、1975年を源流とし、約7,000名の卒業生を映画・映像業界に送り出してきたと紹介されています。

日本映画学校の歴史

日本映画大学の始まりは、1975年にさかのぼります。

もともとは、映画監督の今村昌平氏が横浜駅前に開校した横浜放送映画専門学院が出発点でした。
その後、1985年に学校法人神奈川映像学園が設立され、3年制の専門学校として日本映画学校に名称を変更します。

大きな転機となったのが、1986年です。

この年、川崎市・小田急電鉄・映画会社などの協力により、新百合ヶ丘駅前に新校舎が完成。
今村昌平氏が理事長・学校長に就任し、日本映画学校 映像科・俳優科が新百合ヶ丘で開校しました。

つまり、新百合ヶ丘にとって日本映画学校は、単なる学校施設ではなく、街の文化的なイメージをつくってきた存在でもあります。

年表で見る日本映画学校・日本映画大学

出来事
1975年今村昌平氏が横浜駅前に横浜放送映画専門学院を開校
1985年学校法人神奈川映像学園が設立され、日本映画学校に名称変更
1986年新百合ヶ丘駅前に新校舎が完成し、日本映画学校が開校
1995年第1回しんゆり映画祭開催。日本映画学校が全面協力
2010年文部科学省より日本映画大学の設置認可
2011年白山キャンパス完成、日本映画大学が開学
2013年日本映画学校が閉校
2018年身体表現・俳優コースを設置

特に注目したいのは、1995年に始まったしんゆり映画祭です。
日本映画大学の沿革では、第1回しんゆり映画祭が日本映画学校の全面協力のもと、新百合ヶ丘駅周辺で開催され、現在も継続していることが紹介されています。

新百合ヶ丘が「芸術のまち」「映画のまち」と呼ばれる背景には、日本映画学校・日本映画大学の存在も大きいと言えそうです。

校舎は2箇所!新百合ヶ丘キャンパスと白山キャンパス

日本映画大学には、現在2つのキャンパスがあります。
どちらも最寄り駅は小田急線の新百合ヶ丘駅です。

① 新百合ヶ丘キャンパス

新百合ヶ丘キャンパスは、駅から非常に近い場所にあります。

  • 所在地:神奈川県川崎市麻生区万福寺1-16-30
  • アクセス:小田急線「新百合ヶ丘」駅 北口より徒歩1分

公式サイトでは、新百合ヶ丘キャンパスは新百合ヶ丘駅北口から徒歩1分と案内されています。
また、日本私立大学協会の記事では、新百合ヶ丘キャンパスについて、元日本映画学校校舎と紹介されています。
つまり、地元の人が「日本映画学校」と聞いて思い浮かべる駅前の校舎は、現在の日本映画大学・新百合ヶ丘キャンパスにつながっていると言えます。

② 白山キャンパス

もう一つが、麻生区白山にある白山キャンパスです。

  • 所在地:神奈川県川崎市麻生区白山2-1-1
  • アクセス:新百合ヶ丘駅南口からバスで約7分
  • 最寄りバス停:「日本映画大学」前

公式サイトでは、白山キャンパスは新百合ヶ丘駅南口からバス約7分と案内されています。
白山キャンパスには、座学の授業や映画撮影のための環境が整えられています。
撮影スタジオである今村昌平記念スタジオのほか、ロケセット、グラウンド、体育館、図書館などが併設されています。
日本私立大学協会の記事では、白山キャンパスについて、元川崎市立白山小学校校舎と紹介されています。

2つの校舎の違いを簡単に整理

校舎場所特徴
新百合ヶ丘キャンパス万福寺・駅北口徒歩1分元日本映画学校校舎。駅前にあり、地元でもなじみ深い校舎
白山キャンパス麻生区白山元白山小学校校舎。撮影スタジオ、図書館、体育館などを備える実習拠点

新百合ヶ丘駅前にある校舎だけでなく、白山エリアにも大きなキャンパスがあるため、初めて知る人には少し分かりにくいかもしれません。

地元向けの記事では、
「駅前の校舎=新百合ヶ丘キャンパス」
「バスで行く白山の校舎=白山キャンパス」
と説明すると分かりやすいです。

日本映画学校・日本映画大学の卒業生

日本映画学校・日本映画大学は、映画監督、脚本家、撮影、編集、録音、俳優、お笑い芸人など、幅広い分野に卒業生を送り出しています。
日本映画大学の特設サイトでは、
第一線で活躍するOB・OGとして、脚本家の野木亜紀子さん、脚本・監督の中野量太さん、監督の橋本光二郎さん、編集の今井剛さん、撮影の山田康介さんなどが紹介されています。(landing.eiga.ac.jp)
また、相模原町田経済新聞の記事では、閉校する日本映画学校の特集として、三池崇史さん、山本英夫さん、阿部和重さん、入江雅人さん、ウッチャンナンチャンなどを輩出した学校として紹介されています。(相模原町田経済新聞)
さらに、日本私立大学協会の記事では、日本映画学校の俳優科出身者として、ウッチャンナンチャン、出川哲朗さん、バカリズムさん、狩野英孝さんらが紹介されています。(私立大学協会)

主な卒業生・出身者まとめ

氏名・グループ分野備考
三池崇史さん映画監督日本映画学校出身として紹介
山本英夫さん撮影監督・カメラマン日本映画学校出身として紹介
阿部和重さん小説家・編集者日本映画学校出身として紹介
入江雅人さん俳優日本映画学校出身として紹介
ウッチャンナンチャンお笑いタレント俳優科出身者として紹介
出川哲朗さんタレント俳優科出身者として紹介
バカリズムさんお笑い芸人・脚本家俳優科出身者として紹介
狩野英孝さんお笑い芸人俳優科出身者として紹介
野木亜紀子さん脚本家『逃げるは恥だが役に立つ』『アンナチュラル』など
中野量太さん脚本・監督『浅田家!』『湯を沸かすほどの熱い愛』など
橋本光二郎さん映画監督『小さな恋のうた』『羊と鋼の森』など
今井剛さん編集『キングダム』『るろうに剣心 最終章』など
山田康介さん撮影『シン・ゴジラ』など
池田直人さん芸人・レインボー日本映画大学の卒業生インタビューで紹介

日本映画大学の卒業生インタビューサイトでは、レインボーの池田直人さんも紹介されています。池田さんは日本映画大学を選んだ理由について、「いつか映画を撮りたい」という夢や、日本で唯一の映画大学である点に惹かれたと語っています。(フルサイズ)

新百合ヶ丘と日本映画大学の関係

日本映画大学は、単に新百合ヶ丘にある学校というだけではありません。
新百合ヶ丘周辺では、

  • しんゆり映画祭
  • 川崎市アートセンター
  • イオンシネマ新百合ヶ丘での卒業制作上映会
  • 昭和音楽大学との文化的なつながり
  • 麻生区内の大学・地域連携

など、映画・映像・芸術文化と地域を結ぶ活動が行われてきました。
日本映画大学の沿革でも、イオンシネマ新百合ヶ丘で卒業制作上映会を開催していることや、昭和音楽大学との連携協定などが紹介されています。(映画大学)
新百合ヶ丘が「文化の街」「芸術の街」として語られるとき、日本映画学校・日本映画大学の存在は欠かせない要素の一つです。

まとめ

日本映画学校は、映画監督・今村昌平氏が創設した映画教育機関をルーツに持ち、1986年に新百合ヶ丘へ移転しました。

現在は日本映画大学として、
新百合ヶ丘キャンパス白山キャンパスの2つの校舎で、映画・映像を学ぶ学生たちが日々学んでいます。

また、卒業生には映画監督、脚本家、俳優、お笑い芸人、映像技術者など、幅広い分野で活躍する人たちが多くいます。
新百合ヶ丘の街を歩いていると、駅前の商業施設や住宅地に目が行きがちですが、実はこの街には、日本の映画・映像文化を支えてきた学校の歴史があります。

日本映画学校、そして現在の日本映画大学は、
新百合ヶ丘を「文化の街」として印象づける大切な存在です。